75年目のNAGASAKI(8月9日)
- 公開日
- 2020/08/09
- 更新日
- 2020/08/09
学校日誌
今日は、広島と同じく75年の節目となる「長崎原爆の日」です。長崎市の平和公園で午前10時45分から「平和祈念式典」が行われました。
新型コロナウイルスの影響で、式典の規模が縮小される中、「長崎を最後の被爆地に」という願いと決意を国内外に発信する一日となります。
長崎では、原爆投下の年だけで約7万人が亡くなったとされています。式典では、この1年に亡くなった被爆者など合わせて3406人の名前が書き加えられた18万5982人の原爆死没者名簿が納められます。
式典では、当時、水を求めながら亡くなった方々が多かったため、「献水」という儀式が行われました。引き続き、安倍首相をはじめとする「献花」も行われました。
原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうをささげたのち、長崎市長が「長崎平和宣言」の中で、世界では核兵器の恐ろしさをまだよくわかっていない人も多く、核兵器の脅威を世界の人々が共通の課題として、当事者となって問題解決に取り組むべきだと呼びかけました。
式典は、安倍首相、国連事務総長(中満 泉事務次長による代読)、長崎県知事による挨拶、女子高校生たちの合唱でしめくくられました。
古い話ですが、私(校長)が初任者で本校に赴任した昭和60年は、戦後40年目の節目でした。夏休みの体育館で行った「平和を考える集い」で、音楽のK先生がアカペラである曲を歌われました。身震いするほどの衝撃をうけました。
曲名は「長崎の鐘」(サトウハチロー作詞・古関裕而作曲)です。
こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る
召されて妻は 天国へ
別れてひとり 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き わが涙
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る
こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る
長崎には訪れるたびに原爆の遺構(教会など)と向き合うことにしています。「長崎の鐘」もテレビ画面に映し出されていました。
新型コロナが収束した後、皆さんも一度、機会があれば長崎を訪れてみてください。広島とはまた違ったものを学ぶことができます。
核兵器廃絶のため、今後、日本はどのようなリーダーシップをとるのかが大きく問われています。
(下の写真はNHKのテレビ画面をモザイク処理したものです)