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石 小 日 記

4年 国語 「ひとつの花」

公開日
2025/06/27
更新日
2025/06/28

日々のできごと

 4年生の教室を見に行くと、ちょうど国語の『ひとつの花』のクライマックスとなる場面の学習でした。


 今西祐之の『ひとつの花』は、長年教科書に掲載されている定番の教材です。各学年に配置されている平和学習をテーマにした作品のひとつですが、4年生を5回担任した私にとって、特に親になってから、朗読するたびに泣きそうになる作品の筆頭です。


「ひとつだけちょうだい。」

それが、ゆみ子のはっきりと覚えた最初の言葉でした。


この冒頭文だけでもう涙声……ということもありました。


 今日の授業は、いよいよ出征していくお父さんを見送るゆみ子に、お父さんが「プラットホームのはしっぽの、ごみ捨て場のようなところにさいていたコスモス」を手渡す場面でした。


 子どもたちは、最初はつい冗談を言ってしまうような感じもありましたが(大阪の子なので)、授業が進むにつれて、その時代のことをまじめに考える雰囲気になっていきました。「ひいおじいちゃんが戦争に行って……」などと、家族に聞いてきたことを語る声もありました。「一輪のお花」ではなく、「たったひとつのお花」とお父さんが言った意味についても考えました。


 私が4年生担任だったときに、この物語を読むにあたって必ず確認していたことが2つあります。

 まず、このお父さんとお母さんの年齢です。物語中には書いてありませんが、結婚の早かった時代(例えば童謡『赤とんぼ』では、「15で姉やは嫁に行き」とあります)、更に子だくさんの時代に一人しか子どもがいないことを考えると、おそらくこのご夫婦はせいぜい20台半ば、もしかしたら20代前半の、いずれにしても若夫婦です(そういう意味で、挿絵について、私は不満なのです)。1歳半か2歳くらいのゆみ子と、若い父と母と、時代が違えば本当に幸せな家族生活を送っていたことでしょう。

 そんな若夫婦とその子をめぐる物語だと思うと、少し物語の印象も変わるかもしれません。


 あと、お父さんがゆみ子に渡したのが、なぜほかの花ではなく、コスモスなのか。そしてそのコスモスはなぜ、「プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のようなところ」に咲いていたのか。なぜ作者はわざわざそれを描写したのか、ということです。

 おそらく、もともと体が弱い父は、出征するにあたって、生きて帰れない覚悟はしていたでしょう。ほんとうに最後になるかもしれない場面で、手渡したのがたったひとつのコスモス。

 コスモスという花は、葉っぱも細いし、一見華奢な弱そうな花のように見えますが、実は非常に強い花で、例えば台風が来て倒れても、必ず立ち上がってまた花を咲かせる、そんな花なのです。自分が帰ってくることができなければ、ゆみ子は母と、過酷な環境の中強く生きていかねばなりません。恐らく頼れる親戚もいないことは、出征のときに誰も親戚が見送りに来ていないことからも想像ができます。

 ラストシーンで、10年後のゆみ子がコスモスの花に囲まれて暮らしているというのも非常に象徴的といえるでしょう。


 ということで、この作品について語りだしたら止まりませんので、この辺りまでにしておきます。書きながら泣きそうです。


 校長 柏