すべての人々が必死に考えている現実について思うこと
- 公開日
- 2020/05/26
- 更新日
- 2020/05/26
はたしょう日誌
現在、新型コロナウイルス自体を根絶することはできません。ワクチンが開発されるまでいかにコロナとの共存するのか。そういう視点で「新しい日常」を作っていくことが今求められています。しかし、「新しい日常」とは、「これまでの日常」をすべて変えてしまうことではありません。例えばこのような意見がありました。
「子どももたちが登校してきて運動場で遊びますが、感染予防のために鉄棒、遊具、ドッジボールなど手で触るものへの接触、そして、鬼ごっこやベンチで話をすることも禁止するべきではありませんか?」
確かに何にも接触しなければ、感染のリスクは低くなるでしょうが、子どもたちはどうやって遊べばいいのでしょう。今、子どものストレスも大きな課題になっています。この問題を私たちは、このように考えました。
「子どもが学校に来るといろいろなものを触ることが多くあります。何も触らないで活動することはできません。感染予防にためには何も触らないのではなく手洗いを徹底しましょう。運動場で遊具やボールで遊んでもいいです。しかし、遊びの前と後の手洗いをしっかりやりましょう。」
この考えはすべてに共通します。例えば、子どもたちは登校日に学校図書館へ行っています。入室前にはみんな手ピカジェルで消毒をしています。後でも触れますが、給食では、おかずを全員が自分の分を1人ひとりよそうのが理想ですが、それでは給食時間がいくらあっても足りません。ですから、手洗いと消毒をしっかりおこなって給食当番がおかずをよそいます。
しかし、登校に不安を持つこともたいへん理解できます。基礎疾患をお持ちの方や高齢の方々に限らず、世界の情勢を見てみるとさまざまな人々が罹患することもわかってきました。ワクチンが開発されること、多数の人々が何らかの形で抗体を持つことが新型コロナウイルスに負けないことになりますが、これには時間がかかります。感染を避けるために多人数の場所を避けることとと感染予防を講じつつ学校を再開することのどちらも正しい考え方だと思います。未曽有の出来事に対して、どれが正解かはわかりません。今は、だれもが最前線でコロナに立ち向かっています。会社で、医療現場で、お店で、家庭で、学校で・・・・すべての人々が一生懸命、考えて行動しています。今、お一人一人が精一杯考えて判断したことがすべて正しいのではないかと私は考えています。
私たちは、この1年が秦小すべての子どもたちに「つまらない年だった」と思わせるのではなく、「コロナがあったけれど、みんなで乗り切れた貴重ないい年だった」と振り返られるようにしたいと考えたいと思っています。